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卜(ぼく)がいま興味あることを書いてます。truenoとはスペイン語で“雷鳴”という意味です。

「楽しいよ!」って人に伝えたくなる、そのモノの正体(とか片鱗)

Category: 日記・エッセイ・コラム  

アグレッシブをやっている方に聞いたんですが、上級者が難度の高い技をキメた時ばかりでなく、例えば初心者がパイプを降りられた、ただそれだけのことに対しても、周りで見ていた人たちから歓声が上がり拍手を受ける、ということがあるそうです。ただそれだけのことにどれだけの勇気がいるか、ただそれだけのことがどれほど難しいかを見ている側も知っているから、それを讃えられるのだ、という話でした。



ひとつには、音叉が共鳴するように、やる側の感情と見る側の感情が空間を伝わって響きあう、ということもあるのでしょう。悲喜を問わず「誰かと共感する」というのはそういうことなのではないかな、と卜(ぼく)は思っています。



これもそのときに聞いた話ですが、X-SPORTSの世界では技をキメることを「メイクする」という言葉で表現するそうです。技がキマったか否かが結果として見た目にわかりやすい競技・種目では成功不成功を表すものとして汎用的に扱われるところがありますが、「メイクできたかできないか」は、単純に技ができたできないを言うのではないニュアンスが含まれます。自分自身が納得できたかできなかったか?ということであり、自分で納得に行くカタチに納まった時に「メイクできた」と言うのだと。そして、「メイクできた」瞬間の感動を味わうために、自分は滑っているのではないだろうか?とも言われていました。



スラロームをしている人間に当てはめるならば、周りから見て「キマってるね!」と思われようが自分が納得できていなければそれは「メイクできていない」ということで、反対に、自分の思い描いている滑りが実現できた瞬間が「メイクした」ことになるのでしょう。X-SPORTSをされている方にとっては「“無敵感”や“征服感”が味わえないものを『メイクする』とは言わない」という反論があるかもしれませんが(^^;



卜は単純に、そこに「楽しいよ!」って人に伝えたくなる、そのモノの正体(の片鱗)があるように考えているんですけどね。



過去日記で「神が降りる時」「準備のない者に偶然の幸運など訪れない」という話を書きました。何もしない人には神も降りないという意味では、あくまでも自分が主体であるという点において両者に違いはないんですが、「神降臨」がどことなく他から与えられるようなイメージであるのに対して「メイクする」という能動的な言葉の響きが、なんだかイイなあ、と思いました。


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Author:trueno
運動音痴の中年オヤジ。 娘がサンタさんからインラインスケートのブーツをもらったので、自分も付き合いで始めたら、娘以上にハマる。おもに光が丘公園に出没。sk8以外ではルーメソと立飲みを愛好。ベース弾き。13期。

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